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わさらーのブログです。ワサラー団連絡板。

オバァチャン

電球の紐相手にボクシングする 、わさらです。




あまりよくわかりませんが、感動話置いておきますねプレゼントウィンク




別に感動できないって?それは、あなたの心が狭いからです。

 

 










僕と同じように。





82 : ◆DQN.BOMcLA :2005/08/21(日) 22:58:16
オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。
いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。
それをばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み~」
ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。

やがてオレにも友達が出き、そんなこともせず友達と遊びまくってたころ
家の事情も解消され、自分の家に戻った。ばあちゃんは別れる時もニコニコしていて、
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」
と喜んでくれた。

先日、そのばあちゃんが死んだ。89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から、「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみると、そこにはばあちゃんが作ったすごろくが書かれてあった。
モンスターの絵らしき物が書かれていたり、何故かぬらりひょんとか妖怪も混じっていたり。
「ばあちゃん、よく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に

「義弘(オレ)くんに友達がいっぱいできますように」

人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
ばあちゃん、死に目に会えなくてごめんよ。そしてありがとう。


156 水先案名無い人 04/10/27(水) 23:13:32 ID:ZS+Aw2iz
ばあちゃんのぼけは日に日に進行してゆき、次第に家族の顔もわからなくなった。
お袋のことは変わらず母ちゃんと呼んだが、それすらも自分の母親と思い込んでいるらしかった。
漏れと親父は、ばあちゃんと顔を合わせるたびに違う名前で呼ばれた。

あるとき漏れがお茶を運んでいくと、ばあちゃんは漏れに
駐在さんご苦労様です、とお礼を言って話しはじめた。
「オラがちにも孫がいるんですけんど、病気したって見舞一つ来ねえですよ…。昔はばあちゃん、ばあちゃん、てよくなついてたのにねえ…」
そう言ってばあちゃんが枕の下から取り出した巾着袋には、お年玉袋の余りとハガキが一枚入っていて、よく見てみるとそれは漏れが幼稚園の年少のとき敬老の日にばあちゃんに出したもので、
「ばあちゃんいつまでもげんきでね」
なんてヘタクソな字で書いてあったものだから、
漏れはなんだか悔しくて悔しくて、部屋を出た後メチャクチャに泣いた。